ターポリン製横断幕・懸垂幕・メッシュ垂れ幕専門店

看板屋さんが作ったホームページの話

看板屋さんのホームページの話

平成12年、当社にインターネットがやって来ました。いろんな事が出来るらしい。いろんな事?何が何だかよく分からないまま、取りあえずpro-art.co.jpのドメインを取ったところから始まります。

西暦2000年5月 38歳の時、右も左も解らないまま

看板屋ホームページ1号

取りあえずホームページなる物を作ってみようではないかと、作ってみたのが画像のようなページ。制作ソフトはAdobeのページミル。このソフトを知っている人は、かなりのAdobeマニア(笑)
マニュアルとにらめっこしながら作りました。ちなみにhtmlなんて、さっぱり解りません。ただマニュアル通りに配置しただけです。内容は取りあえず会社の案内と何故か便利そうなリンク集(笑)ついでに従業員達に間貸ししてページを割り当てました。
ここで今でも良い判断だったと思うことは、Yahoo!に登録したこと。今では登録に5万円かかりますが、この頃はYahoo!も黎明期。無料で登録できました。ちなみに周りでインターネットやっている人なんて皆無(笑)まだまだ、道のりは遠い黎明期です。w

西暦2001年4月 39歳の時、21世紀を無事に迎えた頃

看板屋ホームページ2号

いよいよ訳の分からないホームページになってます(笑)ハートなんて入れてます。ポエムかよ!って感じです。
当社のホームページの黒歴史ですね。いやー、お恥ずかしい。
21世紀の前途多難が目に浮かぶようです。

西暦2001年9月 39歳後半、少し真面目に取り組み始める

看板屋ホームページ2号

突然ひらめいてタイトルをKANBANKAN(看板館)に変更。かなり看板屋らしくなる(笑)この時、暖めていた企画”移動式床広告パーラーサイン”を開発。ドコモやクルマのディーラーに使用してもらう。「よっしゃ!これで行くぞ!と気合いが入り始める。

西暦2002年5月 40歳の大台に乗って。。。

看板屋ホームページ3号

特許庁に出願していた実用新案登録が通って大喜び。今なら女性の団体から批判を浴びそうな写真を前面に押し出して気合いが入り始めた頃。
登録が余程うれしかったのか登録番号がデカデカと載ってます(笑)
しかしこの後、鳴かず飛ばず。理由は。”自社の製品や名称を足蹴にされているようでイヤ”と。そう、踏み絵のようでイヤだと。最初のうちは物珍しさで売れましたが、長続きせず。私の気持ちもパーラーサインから離れていきました。

西暦2003年7月 41歳の迷走時代

看板屋ホームページ4号

このままじゃイカン!どげんかせんとイカン!と本業のシルク印刷を見直し。ところが、どんどん廃っていくシルク印刷業界。同業者は次々に廃業。このままではマジで大変な事になると本気で考え始めるも、何故かTシャツの印刷に手を出す。なにをとち狂ったかオリジナルブランドを立ち上げて売るぞ!と息巻くも全く売れず(笑)
もう、どこを向いて走って良いのか解らない状態。会社の銀行借り入れも目一杯となり、銀行が突然、回収業者へと変貌したのがこの頃(笑)同時に税務署へも納税が遅れてダブルパンチで攻められる。取引業者へも支払いが遅れ始めて、頭を下げる日々。かなり精神的に追い込まれる日々がまだまだ続くとは知らない41歳の夏。。。

西暦2004年4月 42歳で人生を振り返る

看板屋ホームページ5号

バブルの好景気を経験した当社ですが、同時にバブル崩壊も経験しました。バブル期には福岡ではマンションブームが起こり同時に、よかトピア(万博)開催、ユニバーシアード福岡大会の開催と大いに賑わいました。正直な話、この頃の私は完全な天狗。この状態がずっと続くと思ってましたが。。。
見事に崩壊。ピタッと仕事が無くなりました。崩れるというのはこう言うことかと実感。こりゃ大変な事になる!と目を付けたのがインターネット。幸いなことにホームページはある。
銀行や税務署の取り立てを土下座でかわし、業者への支払いも涙の訴えで先延ばししてもらいながらの格闘の日々。ホームページを知り合いにアドバイスをもらいながら完全リニューアル。制作ソフトは皆さんご存じホームページビルダー!初心者の見方!(笑)近所の人がザクロジュースをネットで販売して儲かっているらしいと言う噂を聞きつけてレイアウトを完全パクリ(笑)
ところが、まだまだま看板をネットで購入しようなんて人がなかなかいない。ジリジリと私は追い詰められて行きました(笑)

西暦2004年9月 42歳後半、生きているのが不思議な頃

看板屋ホームページ6号

色を変えたりキャラクターを変えたりと色々と策を弄するも看板をネットで買う人は現れず。時代が早すぎたのか?いや、そんなわけは無い。絶対に売れるはずだと、とにかく我慢に我慢を重ねる。諦めたらそこで試合終了。安西先生の言葉が心にしみたのはココだけの話。
追い込みがキツくなってきたのは福岡税務署。少しだけ納税に行くも署員より「うちはヤクザよりタチが悪いよ!いつでも潰してやるよ!」と脅される。おまけに売掛金をガッツリ差し押さえられて完全にアウト。業界に ”プロアートYOUは時間の問題”と噂が流れたのもこの頃。銀行も取り立て屋へと変貌。あれだけ仲が良かった行員も私を避けるようになる。利害で繋がった人間は信用できないと思った42歳、冬。。。

西暦2005年2月 43歳、父親が蒸発した年齢になる

看板屋ホームページ7号

私の父親も商売人でした。父親は自身が43歳の時に会社を潰し借金を残して蒸発。私の社会人スタートはマイナスからのスタートでした。
そして私も43歳に。いよいよ心も体もボロボロになった私。これ以上打つ手無し。これが最後とターポリン製垂れ幕専門店を立ち上げ。しかしなかなか売り上げが上がらない。そんなときに、以前から書いていた私のブログ、看板制作徒然日記NEW!が宝島社の本に取り上げられる。やっとやっとやっとやっと、日の目を見始める。
この後、スタイルシートを本気で勉強していち早く外部スタイルシートでホームページをリニューアルしたりとフル回転で頑張りました。

私がどんな状況になろうとも変わらずお付き合いして頂いた業者の皆様、お客様には、ただただ感謝です。私は一度受けた恩義は一生忘れません。これからも変わらぬお付き合い宜しくお願い致します。

西暦2017年1月〜 55歳を越えて

Googleデジタルワークショップ修了証

この年になっても心は青年(笑)95歳までは生きる予定なので、もっともっと勉強して社会のお役に立てる自分にならねばと決意しているところです。先日もGoogleデジタルワークショップを受講。正直89ものレッスンは途中、睡魔にも襲われ、どうなることかと思いましたが、なんとか最終試験にも一発で合格。無事に修了証を頂きました。(ちなみに最終試験は3回落ちるとアウトらしいです)
ホームページ制作の世界は日進月歩。おいて行かれないように日々勉強して頑張っていく決意です。

さて、いかがでしたでしょうか。当社のホームページの歴史と言うより、途中、私の半生みたいにみたいになってしまいました(笑)昨年末(2016年)は完全スマホ対応のページへと久しぶりのフルリニューアル。55歳を超えて益々新しい知識を吸収しながら頑張っている所です。本業はあくまでも看板屋ですがホームページ制作の知識もそこそこあります。
これからも逆境に負けず頑張っていく所存ですので、よろしくお願いいたします。
追伸:税務署へも銀行へも1円残らず納めましたよ(笑)

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